露天風呂付き客室のある温泉宿に泊まる旅

すまりんが夫のすまきと"癒しと美食“を求め全国飛び回る

飛鳥と藤原の宮都と...

奈良盆地の南にある明日香村は かつて日本の『首都』だった場所です

貴重な遺跡や古墳があちこちに点在していて

「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」

の名のもとに 世界遺産への登録も目前となっています...

 

すまりんたちは 明日香村を散策してきました

 

 ❶藤原宮

 ❷甘樫丘

 ❸飛鳥寺

 ❹酒船石遺跡

 ❺石舞台古墳

 

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❶藤原宮 跡

 

藤原京の存続期間は西暦694年12月27日から 約15年...

西暦710年4月13日に平城京に都が遷るまで続いた都です

藤原宮は 持統・文武・元明の三代の天皇が住まわれた宮です

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藤原宮を中心とした藤原京は日本で初めての碁盤目状をした都城でした

 

古墳時代から飛鳥時代にかけては 天皇が代わるたびに新たな場所へ宮が遷っていましたが この藤原宮以降 中国風に歴代の天皇が住まう大規模な都が営まれるようになりました

 

説明板の後方... 写真右の木の繁っているところが一段高くなっています

「大宮土壇」とよばれ かつての大極殿の基壇だそうです

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大極殿から南を見ると 「大極殿院南門」の柱跡が復元されています

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ここからずっと南まで メインストリートである朱雀大路が通っていました

式典の際には旗や幟が並び 左右に文武百官が整列する壮大な景色だったに違いありません...

 

西を見ると大和三山のひとつ 畝傍山(うねびやま)があります

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ちょうど真北... 大極殿の背後には耳成山(みみなしやま)があります

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東には 天香久山/天香具山(あまのかぐやま)が…

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百人一首の二番~

春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山

 は この都の最初のあるじ 持統天皇の御歌です

 

持統天皇壬申の乱で有名な天武天皇の皇后でした

天武天皇がなくなったのち 後を継ぐはずだった最愛の息子 草壁皇子も早世してしまい

まだ3歳だった孫の軽皇子が成人するまで 彼女自身が持統天皇として即位します

14歳になった軽皇子は譲位されて文武天皇となりますが 彼も24歳の若さでなくなってしまいます

まだ6歳の息子 のちの聖武天皇が成人するまで こんどは妹の阿閇皇女が元明天皇として即位しました

持統・元明と二代の女性天皇をあるじとした藤原宮は 女帝の都といえるのかもしれません

 

地図をみると 藤原宮は大和三山の描く二等辺三角形の中にすっぽりと納まっていますね

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ところですまりんたちは大和三山に登ったことがあります...

 

畝傍山は標高198.8mと低い山ではありますが 大和三山のなかでは最も高い山です

この山の麓に初代神武天皇畝傍橿原宮があったとされ 明治時代に橿原神宮が創建されました

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登山口の後は いきなり山頂の写真ですが^^; 山頂に畝火山口神社社殿跡が残っています

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耳成山は標高139.6m

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畝傍山からみた耳成山

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とてもきれいな円錐形の山です

グーグルマップで上から見ても まーるいです⤵

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古代のピラミッドではないかと言われたこともありましたが...

畝傍山耳成山は ともに 瀬戸内火山帯に属する大昔の火山です!

www.aranciarossa.work

 

耳成山登山口

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山腹に耳成山口神社があります

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一瞬で登れますが 木が茂って眺望はあまりありません

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天香久山は標高152.4m

国土地理院では天香久山   名勝としては天香具山と表記されるようです

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他の二山と違って なだらかな丘のような山ですが 古代から「天」の尊称がつくほど最も神聖視されていました

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山頂には國常立(くにとこたち)神社があります

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日本書紀によれば 大和を攻めた神武天皇はこの香久山の頂の土をひそかに採って土器を作り それを祀ることで天下を平定したそうです

すごいパワーが秘められていたのですね✨

 

ちょっとお話が逸れますが...

この後すまりんたちは 「飛鳥の蘇」を買いに行きました

「飛鳥の蘇」は古代のチーズです

文武天皇の時代 天香具山の南で飛鳥最大の蘇が作られた記録があるそうです!

 

以前 奈良に来た時に「飛鳥の蘇」が使われたお料理をいただきましたが...

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www.aranciarossa.work

その時の「飛鳥の蘇」もこちらのお店のものでした ⇓

みるく工房

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まさに香久山の南麓にある店内にはフレッシュな牛乳や飲むヨーグルトの他 ソフトクリームやプリンなど 色んなものが販売されています
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 飛鳥の蘇 1188円
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説明書きも付いていました(詳細についてはホームページをご覧ください)
中には 紙にくるまれた5㎝角くらいの蘇が入っていました

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山形県で買った「ミルクケーキ」というお菓子に似ている気がしました

チーズというより ほのかな甘さのある硬めのクッキー という感じでしょうか
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お料理に使うことはせず そのままいただきました

単独だと ちょっともそもそしていましたが 蜂蜜をつけて食べると美味しくいただけました(^_-)-☆

カルシウム 山盛り摂取できたと思います!

 

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❷甘樫丘(あまかしのおか)

標高148mの丘陵で 飛鳥古京を一望できる展望台があります

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かつては蘇我蝦夷・入鹿父子の邸宅が構えられ それぞれ「上の宮門(うえのみかど)」「谷の宮門(はざまのみかど)」とよばせていました

645年の乙支の変で館は焼かれましたが 近年甘樫丘東麓から焼けた壁土や木材が出土してこの記述が裏付けられつつあるようです

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南側のピークに「川原展望台」が 北側に「甘樫丘展望台」が設けられています

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「川原展望台」から 畝傍山と その後ろに二上山を望むことができました

二上山の向こうは大阪平野です

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さらに「甘樫丘展望台」へ...

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「甘樫丘展望台」からは 多武峰(とうのみね)の山すそに広がる 鄙びた明日香村の風景... 

集落の中に飛鳥寺の屋根が見えます

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かつてはここに宮殿や寺院が立ち並び 石畳で舗装された当時最先端の都市だったのです

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飛鳥寺

西暦596年に創建された日本最初の寺です

現在は江戸時代に再建された小さなお寺ですが 創建当時は塔を中心に東西と北に三つの金堂を配して回廊をめぐらせ さらに講堂を含んだ大伽藍の寺院でした

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拝観料350円

駐車料金500円(但し拝観する場合は30分無料)

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本堂にご本尊の飛鳥大仏(釈迦如来坐像)が安置されています

※ありがたいことに写真撮影は自由です!

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609年 鞍作鳥くらつくりのとり(止利仏師)によって造られた日本最古の仏像です

高さ3mで 当時銅15t 黄金30㎏が用いられ 立派な後背もありましたが 平安・鎌倉時代の火災で焼かれ 後に補修を受けました

でも 大仏開眼から1400年 同じ場所に座しているそうですよ!

 

面長の顔立ちや高い鼻・アーモンド形の目など 飛鳥時代の特色を色濃く残していて 重要文化財に指定されています

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お顔は微妙に傾いています

お寺の方によれば 聖徳太子( 574年~622年)が生まれた橘寺の方角を向いているとも言われているそうです

 

さらに...

左右で表情も異なっています

大仏様に向かって左(右顔面)から見ると穏やかな顔立ちですが 反対側から見ると少し険しい顔立ちをされています


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一塔三金堂の独特の伽藍配置(Wikipediaより)

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伽藍の中央にあった 当時の塔の心礎が庭に残されています

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寺の西側に 蘇我入鹿(そが の いるか)首塚があります

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奥の丘はさきほどの甘樫丘です

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乙支の変で 中大兄皇子らに暗殺された蘇我入鹿の首がここまで飛んできたそうです!

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すまりんの時代は 『645年大化の改新』と習いましたが  今では乙支の変以降の一連の改革を大化の改新というようになりました

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❹酒船石遺跡
飛鳥寺から300mほど南...

奈良県立万葉文化館の隣に酒船石遺跡があります

明日香には謎の石造物がいくつもあります

亀石  ※これは 昔 行った時の写真です

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酒船石

明日香東方の丘の上にある酒船石は 古くからその用途について 酒造りや製薬など様々な説が唱えられてきました

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長さ5.5m 幅2.3mの大きな石の表面に 奇妙な溝が彫られています

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江戸時代 高取城築城の際に 石垣用の石材に利用しようとして 一部が削られています

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平成4年に 酒船石の北の斜面で石垣が発見され 斉明天皇の築いた「両槻宮(ふたつきのみや)」に関連する遺跡ではないかと考えられるようになりました

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以下 日本書紀からの原文抜粋です

田身嶺、冠以周垣(田身山名、此云大務)、復於嶺上兩槻樹邊起觀、號爲兩槻宮、亦曰天宮。時好興事、廼使水工穿渠自香山西至石上山、以舟二百隻載石上山石順流控引、於宮東山累石爲垣。時人謗曰、狂心渠。

  ⇩ ⇩ ⇩

斉明天皇(こちらも女性天皇)は土木工事が好きな天皇だったようですが...

石上(天理市)から明日香まで運河を掘るため 何万もの人を動員して石を運ばせ 田身嶺(たむの山)の頂上に両槻宮を築かせて 石垣をめぐらせた ということが 多少批判的に書かれています...

 

そして平成12年に 山のふもとの谷あいの部分で 驚くべき発見がありました!

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湧水設備とそれに続く小判型石造物 そして亀形石造物です

 

酒船石遺跡(亀形石造物) :入場料300円

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石を積み上げた取水塔の中を水が湧き上がるようになっていて そこから水が流れ出します

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そして 小判型の石槽に水が導かれます...

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石槽から流れ出た上澄みのきれいな水が 次の亀形の盥(たらい)に溜まる仕掛けになっています

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※亀のお尻の所がふさがれていないのでこの時はお水は溜まっていません

 

水が溜まると美しいのでしょうね✨

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   入場券の写真より

 

斉明天皇は 自ら川で雨ごいの儀式をされたという記録があるので この亀の盥から水を汲んで何かの儀式をされたのかもしれません

神事を見守る人が座ったのでしょうか... すぐ脇には石段も整備されていました

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山の上の酒船石とともに 往時は石垣を巡らせた丘から水を流下させる 大規模な施設があったものと思われます

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石舞台古墳

※入場料 300円

明日香の代表的な史跡といえば 高松塚古墳とこの石舞台古墳でしょうか

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 ↑ 石の隙間から内部を撮影するすまりん

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元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていましたが 盛土が失われて巨大な石を用いた横穴式石室が露出しています

 

失われた墳丘は方形で 周囲には空堀がめぐらされて 一辺が80mもあったようです

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玄室の奥行きは7.7m 羨道は11mあり 積まれた石の総重量は2300tと推定されています

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発掘調査でも埋葬品はほとんど発見されませんでしたが 埋葬者としては蘇我馬子が有力視されています
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すまりんが覗いていた隙間です

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入り口を振り返ったところ⤵

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今回の歴史散策のお話は以上です

最後まで見て下さりありがとうございました!

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形も色も須磨に似てるにゃ⁈

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次回は兵庫県湯村温泉にまいります(^_-)-☆