すまりんの てくてく ふたり旅

部屋付き温泉のある素敵な宿と美食を求め 夫のすまきと全国飛び回ります!

古代日本の超重要施設✨長登銅山と鋳銭司のお話

山口県秋吉台を訪れているすまりんたち...

www.aranciarossa.work

 

秋吉台の美東展望所へ行く道の途中に長登(ながのぼり)銅山跡があります

ここは古代史ファンの人にとっては知る人ぞ知る場所なのです(^_-)-☆

 

広い駐車場の横に 長登銅山文化交流館があります

入館料は大人300円です

 

こぶっちゃんと一緒に記念撮影📷

 

入るとすぐにシアタールームで銅山についてのビデオを上映して下さいました

誰もいなかったので貸切です(^_-)-☆

※撮影もOKでした

 

752年に完成した 奈良 東大寺の大仏

平氏による南都焼討と戦国時代の戦乱で 大仏は2度焼け落ちていますので 創建当時の大仏はほとんどが失われてしまっています

3年にわたり 8段に分けて鋳造されたとされる奈良時代の大仏には約500トンの銅が使用されたと推定されていますが その銅がどこからもたらされたのか近年に至るまでわかっていませんでした

昭和63年の東大寺の発掘調査により 焼け落ちた最初の大仏の銅の組成から 使われたのはここ長登銅山の銅であることがわかったのです

これを受けて平成元年より10年間におよぶ長登銅山の調査が行われ 精錬跡や木簡など 当時の多数の遺物が発見されました

 

石灰岩盤の中にマグマが湧き上がってくると 石灰岩とマグマの接触面に熱水の作用で鉱物が凝集して沈殿することがあります

こうしてできた鉱脈を「スカルン鉱床」といいますが 長登銅山は 秋吉台石灰岩にマグマが接触した典型的なスカルン鉱床だそうです

 

秩父武甲山石灰岩の採掘で有名ですが そのすぐ近所で日本最初の銅鉱山が発見されました

和銅鉱山もスカルン鉱床です

www.aranciarossa.work

 

熱水の温度の違いで 銅以外にも 鉛・鉄・銀などさまざまな鉱物を含むことがあります

 

奈良の大仏の鋳造に使われた 長登の銅
長登(ながのぼり)の名前は「奈良上り」がなまったものだそうです

長登銅山の銅はヒ素の含有量が高いのが特徴で 大仏鋳造の職人たちに多数の中毒者が出たと伝えられています

こうした奈良平城京の汚染公害が のちの平安京遷都につながったとする説もあります

 

発掘調査の結果 坑道や精錬遺構が発見されました

当時の銅の精錬方法⤵

 

炉壁も発見されています

 

火焔で銅鉱石を溶融させているところ

 

浮いてきた不純物を取り出したものが「からみ」です

「金屎・金糞(かなくそ)」という言葉のほうが有名かも...?

 

体験コーナーで 持ち上げてみましたが 不純物でも すごく重かったです!

 

長登の銅は 大仏鋳造に使われたほか 和同開珎をはじめとした銅銭の製造にも用いられたそうです

初めは下関市長府にあった長門鋳銭司で貨幣の製造が行われましたが 825年に山口市南部に周防鋳銭司が置かれると 以後日本の貨幣はすべて周防鋳銭司で鋳造されました

 

 

銅山の鉱物は 日本画などに使われる顔料としても重宝されました


鉱山から出る孔雀石という石から緑青が作られます

 長登産の「滝ノ下緑青」は有名なブランドで 大変な高値で取引されたのだそうです

 

翌日 すまりんたちは周防の鋳銭司に行ってみました

 

本来 鋳銭司は「ちゅうせんし」と読んで 銭貨鋳造を司る 古代日本に置かれた令外官の一つでした

※今でも新幹線の新山口駅から東に5kmほどのところに 山口市鋳銭司という地名が残っていますが 読み方は「すぜんじ」です

 

周防鋳銭司跡は遺跡発掘後埋め戻されて 現在は何もない原っぱのようなので 近くにある「鋳銭司郷土館」を訪ねました

長沢池という江戸時代からあるため池を見晴らせる場所に郷土館はあります

Google Mapを見ると 池のほとりに「和同開珎 砂絵」というピンが立っていましたが…

ほとんど痕跡になっているようです^^;

 

施設の前に 駐車場がありました

鋳銭司郷土館(すぜんじきょうどかん)

 開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
 休館日:  毎週月曜(祝日の場合はその翌日)・年末年始

入館料は110円 !

 

向かって左側の展示室に 鋳銭司に関する展示がありました

 

周防鋳銭司で発掘された鋳銭工房が再現されています

実際には 長登銅山の銅を用いて和同開珎が作られたのは 下関にあった「長門鋳銭司」です

ここ「周防鋳銭司」では皇朝十二銭とよばれた国産銅銭のなかでも平安時代以降のものが作られました

最後の乾元大宝になると鉛の含有率が75%以上ともいわれるほど品位が低下し 936年をもって日本の公鋳貨幣発行は絶え 700年後の江戸幕府による寛永通宝発行まで 渡来銭や私鋳銭が流通することになりました

銅山も鋳銭司も歴史の彼方へと忘れ去られていったのです...

 

そんな鋳銭司の村は幕末に ひとりの英傑を生みました✨

彼の名は 大村益次郎

 

靖国神社 (千代田区)の境内に銅像がありますね

 

鋳銭司郷土館の向かって右側の展示室には 大村益次郎関連の展示があり 彼の45年の生涯をまとめたビデオを見せていただきました

これで入館料110円は安すぎますよね(*^^*)

司馬遼太郎の小説と言えば 「坂の上の雲」や「竜馬がゆく」が有名ですが...

大村益次郎は すまりんの故郷 宇和島に縁があることもあり 彼を主人公に描かれた物語「花神(かしん)」は特にお気に入りです(^_-)-☆

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1977年のNHK大河ドラマのタイトルにもなりましたが 覚えておられるかた いらっしゃるでしょうか?

すまりんは...

残念ながら記憶にありません ^^;

 

今回 大村益次郎についてさらに興味がわいたので 25年前に購入した小説を読み返してみました

 

次回は めずらしく「伝記」です!

彼の足跡を追いかけながら 大村益次郎のお話をさせていただきます

 

※先日の四国南西部の地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます

幸い実家は大丈夫でした

ご心配をおかけしました

宇和島城天守も耐えてくれまして ほっとしております

メッセージを下さった皆さまにもお礼申し上げますm(__)m