すまりんの てくてく ふたり旅

部屋付き温泉のある素敵な宿と美食を求め 夫のすまきと全国飛び回ります!

源氏のふるさとは三ツ矢サイダーのふるさとでした!

本日 すまきとすまりんが巡るのは...

"清和源氏発祥の地"といわれる 兵庫県 川西市

川西市兵庫県の南東部にあり 大阪府との境界に位置します

 

JR川西池田駅の前の銅像

騎馬武者姿の彼こそが「源氏の祖」といわれる源 満仲(みつなか)です

ちなみに騎馬像の馬が両脚を上げていると 英国などでは乗馬者が名誉の戦死を遂げたことを意味するそうですが...

満仲は87歳の天寿を全うされています(^_-)-☆

清和源氏」は第56代清和天皇の孫 経基王臣籍降下源経基を名乗ったところから始まりますが『武士団としての源氏の発祥』は 経基の子である満仲摂津国多田(川西市)に本拠地をかまえたのが始まりとされています

 

源氏には他にも「嵯峨源氏」や「宇多源氏」など諸流ありますが 武家の棟梁の血筋として有名なのは清和源氏✨」でした

有名どころでは源頼朝足利尊氏新田義貞武田信玄...

徳川家康家系図を捏造してまで「清和源氏」の血統を称したと言われます

征夷大将軍(=武家の棟梁)にふさわしいのは「清和源氏」ということだったのですね

 

名だたる武将達のご先祖である源 満仲・頼光父子の館の跡地は神社になっています

多田神社川西市多田院多田所町)

階段をのぼると 南大門があります

階段上からの眺め⤵

ぐるりと蛇行する猪名川が濠のように目の前を流れ要害の地であることがわかります

👆写真は神社の案内板の資料の拡大です

 

源 満仲は 円融天皇より

「此の城をもって禁裏守護職武門の棟梁万代の居城たるべし」

との勅諚を賜ったそうです

 

笹竜胆(ささりんどう)は代表的な源氏の家紋

 

ところで 多田の地を領した源 満仲は「多田 満仲」ともいわれます

音読みで"まんじゅう"と呼ばれることもあるので 「ただのまんじゅう」も正式な呼称です

すまりんには 別なイメージが浮かびます(笑)

 

ところで 満仲の子 頼光大江山の鬼退治👹で有名です

👇京都府で過去に撮影した「頼光」と「頼光四天王

 

多田神社の境内に『大江山の鬼退治の唄』が掲げられていました

どんな歌か気になって 調べてみました⤵


www.youtube.com

2分弱で大江山の鬼退治のことがよくわかります(^_-)-☆

最後のほうの節は 恐ろしい歌詞が子どもの清らかな歌声で唄われて なんともシュールです

 

まっすぐ進んで随神門をくぐり抜けると 立派な拝殿があります

晩年 仏門に入った満仲は ここを多田院と号する寺とし 国家守護 武運長久を祈願しました

 

満仲は 亡くなる直前に

「天下の大事が起こる際には当院が鳴動するから それをもって予見せよ」

と遺言されたそうです

歴史上8回にわたる鳴動があったことが文書で記録されていますが

「多田院の鳴動」は不吉ではなく いつも良い出来事の前兆なのだそうです✨

 

戦国時代の兵火によって社殿は焼失していましたが  寛文7年(1667年)4代将軍徳川家綱により本殿・拝殿・随神門(いずれも重要文化財などが再建されました

清和源氏を称した徳川将軍家により多田院は手厚く保護され 「西日光」ともいわれたそうです✨

 

そういえば南大門の提灯にも笹竜胆と並んで三つ葉の紋所があったり…

水戸黄門お手植えのイチョウもありました⤵

ご先祖様ということで徳川光圀もはるばるお参りに来られたのでしょうか

 

東照大権現」の御先祖にあたる満仲に「正一位多田権現」の神号が贈られることになると 多田院は次第に寺と神社のミックスになっていったそうです

 

社務所に申し込むと 拝殿奥の御廟所を見学することができます

神社入り口近くの社務所で志納金を納めて戻ってきました

 

ここからは神主さんに説明を受けながら 御廟所の見学をします

担当して下さった神主さんはとても親切なかたで 15分ほどかけて一つ一つ丁寧に説明して下さいました(*^^*)

拝殿の真裏にあるご本殿

源満仲・頼光・頼信・頼義・義家の5公が祀られています

真ん中が 満仲

 

系図では5公は赤色で表記されています

河内源氏である頼信・頼義・義家も あとから合祀されたようです

 

こちらは本殿の左奥...

ガン封じの霊木がありました

大きなこぶはガン封じの結果できたと言われているそうです

この杉の木は 多田院創建当初からあったとも言われているそうで そうだとしたら樹齢千年以上になります

 

妙法蓮華経記念碑

多田神社がお寺だった名残です

天下泰平を祈りお経を1万回詠み1万回書きましたよ…ということだそうです

この記念碑は 廃仏棄釈でいったん廃されました

ところが奇跡的に残っているのが見つかり元の場所に立てられたのだそうです

 

本殿の裏に 満仲・頼光父子の墳墓である御神廟があります

これより奥は禁足地につき神主さんも見たことないそうですが 足利尊氏以下 歴代足利将軍の分骨も埋葬されているそうです

ただし廃仏棄釈で仏塔は壊されて残っておらず 土台だけになっているとのこと

 

一方 本殿には歴代徳川将軍の位牌も祀られています

けれど15代慶喜の時に廃仏棄釈が行われたため彼の位牌だけここにないのだとか… 

 

右側に鬼首洗の池という恐ろしい名前の池がありました

頼光が四天王と共に酒吞童子を退治して その首を洗ったと言われる池

酒呑童子退治のお話が書かれていました

ちょっと生々しくて怖いなぁ^^; と思いつつ...

興味津々で池の写真を撮りました^^;

 

池の向かいに亀石が祀られています

いちばん上の丸いのが亀石です

神主さんのお話では...

酒吞童子の首を切り落とすのに適当な台座がないかと探している時…

頼光は 亀が歩いているのを見つけました🐢

これは ちょうどいい!と思い 亀の甲羅の上で酒吞童子の首を斬ったところ 亀はビックリして石になったそうです…

かめさん  お気の毒 (>_<)

 

酒呑童子を斬ったと伝わる名刀「鬼切丸」多田神社HPより
源家宝刀 鬼切丸

この刀は宝物殿に保存されていて 折々に特別公開されるようですが 残念ながら今回は見ることができませんでした

京都の北野天満宮にも 同名の刀が伝わっています

 

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多田神社から南西に3kmの場所にある満願寺川西市満願寺町

聖武天皇の勅願で全国に建てられた満願寺の一つですが 満仲が帰依し以来源氏一門の祈願所として栄えました

 

山門にある仁王像は もとは多田神社の南大門にありました

多田院が神仏分離によって多田神社になった際に移されたのだそうです

南大門がちょっと寂しかったですよね...

 

長い参道...

ひなびた良い感じのお寺です(*^^*)

 

ところで この満願寺坂田金時のお墓があるそうです

大江山で活躍した頼光四天王の一人で「金太郎さん」で有名ですね(^_-)-☆


www.youtube.com

 

案内マップには特に記載されていませんでした

 

本堂の右奥へ進んでみると🐾🐾

やや控えめな 案内の看板がありました

 

まっすぐ進んで行くと金時の兜石(かぶといし)がありました⤵

兜と言われれば 見えなくもないような...⁉

 

そして こちらが金太郎さんこと坂田金時のお墓

本堂から離れた ちょっと寂しい場所にありました

もう少し表示が分かりやすいと お参りする人も増えるのでは...と思いました

 

一方 以前登った金時山(神奈川県)は 坂田金時が主役でした✨

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多田神社から北へ3kmの場所にある小童寺川西市

こちらは 満仲が建立したお寺です

 

頼光四天王の筆頭 渡辺綱のお墓がありました

ご廟もありました⤵

 

そして ここにまた坂田金時のお墓がありました

左側の卜部季武頼光四天王の一人です

残る四天王の一人 碓井貞光のお墓はなく 代わりにに平井保昌のお墓がありました

保昌は頼光四天王ではありませんが 鬼退治に参加したと言われています

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地味めなお話が続きましたが^^;

タイトルにもあるように三ツ矢サイダーのお話で締めくくりたいと思います(^_-)-☆

 

が..ここでも満仲が登場します(笑)

 

朝廷から摂津国を拝領した満仲が 大阪市住吉大社に参拝して 館を建てる場所を問うたところ...

『矢の落ちたところを居城にせよ』と白羽の鏑矢(かぶらや)を与えられたのだそうです

 

満仲が放った矢は火を吹いて飛びさり 多田沼に棲みついて住民を苦しめていた雌雄二頭の 九頭の龍(くずのりゅう)🐉🐉に命中しました

 

九つの頭を持つ龍の一頭🐉は矢傷で死に...

もう一頭🐉は山を突き破って逃れましたが やがて死にました

 

多田沼の水は 鼓を打つような音をたてて滝となって流れ出て

あとにはよく肥えた土地が残りました

 

満仲はその地に居城を定め

矢を見つけた郎党の孫八郎に「満仲の矢(満矢)」にちなんで「三ツ矢」の姓を与え  三本の矢羽根の紋を与えました

 

※満仲が矢を三本放ったから「三ツ矢」...という伝説もあるそうです

多田神社の神主さんは 「矢が三本説」のほうを話して下さいました

 

 

多田神社から2㎞ばかり南東...

能勢電鉄鼓滝(つつみがたき)の近くに この伝説ゆかりの地がありました

九頭の社川西市東多田)

日本各地に残る 九頭竜伝承の一つのようです

 

地形図でみると鼓滝の付近は川の両岸に山が迫っています

伝説のとおり 多田盆地はかつて湖沼だったようにも見えますが...

地質的にはそういう事実はないのだそうです^^;

 

でも ひとつ発見がありました!

これは川西市の洪水ハザードマップです

まるで湖のような洪水浸水想定区域が示されていました!

狭隘な鼓滝付近で 川の水がせき止められやすいのは事実のようです

九頭竜退治の伝説は もしかしたら洪水の治水とも関係あるのかもしれませんね(^_-)-☆

 

 

いよいよサイダーの登場です.。o○

 

が..また満仲が登場します(笑)

 

満仲がある日 鷹狩りに出かけた時...

館に近い塩川の谷間の湧き水で一羽の鷹が足の傷を治して飛び立ちました

満仲は そこが霊泉(れいせん)であることを知ります

以来 霊泉を沸かした平野温泉の名が知られるようになりました

(※現在は 平野温泉はありません)

明治時代になるとその鉱泉水は 伝説にもとづき 「三ツ矢平野水」「三ツ矢タンサン」

として市販されるようになりました

これが後の三ツ矢サイダーのはじまりです(^_-)-☆

アサヒ飲料 三ツ矢サイダーHPより要約させていただきました

 

多田神社から2㎞ばかり北東...

能勢電鉄 平野駅の近くに三ツ矢サイダー発祥の地」が残っています

まずは隣にある ホームセンターの屋上駐車場から俯瞰の写真を撮りました

 

近くまで行ってみました🐾🐾

敷地内で写真を撮っている人を何人か見かけましたが ほぼ柵に覆われた状態で 無理に中に入ってはいけないような雰囲気でした

なので 柵の外からの写真のみです(^_-)-☆

 

 

最後 場面は ふたたび多田神社南大門です

仁王像は ありませんね(^_-)-☆

 

この門をくぐって 右に回ったところに

三ツ矢サイダーの自販機がありました✨

左側のは全て三ツ矢サイダーシリーズ✨

コマーシャルされてます⤵⤵

神社と三ツ矢サイダーの繋がり...

お話を知らなかったら 不思議な気がしますね(笑)

 

せっかくなので神社の自販機で小さい缶のを三本購入してみました

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右ふたつは初めて見るものでした

いちばん好きだったのは やっぱり定番の三ツ矢サイダーでした(*^^*)

 

以上

『源氏のふるさと川西市三ツ矢サイダーのふるさとでもあった!』というお話でした

 

長い記事をお読み下さりありがとうございました

 

次回は多田銀山のお話です