露天風呂付き客室のある温泉宿に泊まる旅

すまりんが夫のすまきと"癒しと美食“を求め全国飛び回る

邪馬台国に思いをはせて... (吉野ヶ里遺跡・石人山古墳ほか)

邪馬台国っていったいどこにあったんでしょう...

すまきとすまりんは 実は北九州説を信じています...

 

今回はすまきに手伝ってもらって かなり気合を入れて作成しました!

少々長い記事になりますので 興味がおありの方はお時間のある時にゆるりと読んで下されば嬉しいです(^_-)-☆

 

 ①吉野ヶ里遺跡

 ②女山神籠石(ぞやま こうごいし)

 ③権現塚

 ④蜘蛛塚

 ⑤石人山古墳

 ⑥岩戸山古墳

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最初に訪れたのはすまりんたちの教科書では見かけなかった有名な遺跡...

だって あのころは弥生の遺跡と言えば登呂遺跡でしたから(笑)

 吉野ヶ里遺跡

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レストラン・売店もある立派なメインゲートを通って遺跡に向かいます...

 開園時間:9:00~17:00 

  1月の第3月曜その翌日および12/31のみ休園

 入園料:大人460円・中学生以下は無料

 

吉野ヶ里遺跡は 約117haにわたって残る弥生時代の大規模な集落跡で 吉野ヶ里丘陵とよばれる小高い丘の上にあります

V字型に深く掘られた総延長約2.5kmの外堀の中に 内堀で囲まれた北内郭と南内郭があります

日本の城郭のはじまりという観点から 日本100名城のひとつに選考されています

 

鳥居の原型といわれる 鳥をあしらった門

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長崎県壱岐の「原の辻遺跡」でも似たようなものを見ました 

www.aranciarossa.work

  

堀の内外には木柵・土塁・逆茂木といった敵の侵入を防ぐ防御が施されており 見張りや威嚇のための物見櫓が郭内に複数置かれていました 

こちらが逆茂木 

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ゲートから入って 最初に着くのは南内郭

複数の物見櫓のほかに竪穴住居や高床住居が再現されています 

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物見櫓にのぼることができます

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外郭には多数の高床式倉庫群や住居跡があって 市も開かれていたと考えられています

 縄文から弥生にかけて 海岸線は今よりもっと近くにありました

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甕棺の数などから推測してこの集落にはおよそ1200人...

吉野ヶ里を中心とするクニ全体では5400人くらいの人々が住んでいたと推測されています

 

北内郭に向かいます🐾🐾

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後世の城と同様に外側に張り出した櫓台構造や鍵状に折れ曲がった入り口(食い違い虎口)がありました

 

郭から突出した櫓台構造 ⤵

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北内郭には3階建ての主祭殿が復元されています 

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階段をあがって中の見学をしました

 

2階ではまつりごとの様子が再現されているようです...

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3階では巫女姫様(最高司祭者)がお祈りしています

 収穫の祭祀でしょうか...

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北内郭の高床式住居には最高司祭者が住んでいたと考えられています

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すまりんの大学時代の最初の下宿より良いかも。。。

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 遺跡の規模の大きさから ここが邪馬台国なのではないかという意見もあるようですが 九州北部に存在した複数の国のひとつなのではないでしょうか...

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 北側には墳丘墓があります 

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 ※裏側にまわると入り口があります⤵

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 内部は発掘された状態がそのまま保存された展示施設になっています

まずビデオコーナーでお勉強をしてから見学しました!

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表面には劣化を防ぐために特殊な加工がされ湿度などもきっちり管理されているようです

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今から2100年前の歴代の王のなきがらが葬られた甕棺だそうです

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  すまりん女王と...

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  いのししたち...

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女山神籠石(ぞやま こうごいし)

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九州自動車道の「みやま柳川インターチェンジ」のすぐ東側にそびえる山中に

女山神籠石とよばれる古代の遺構があります

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神籠石は山腹をぐるりと列石や土塁で囲んだ古代山城のことで 北部九州から瀬戸内にかけて16か所が確認されています

 

岡山県の鬼ノ城もそのひとつにあたります

www.aranciarossa.work

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その目的については謎につつまれていますが 近年の調査で7世紀ごろの築造とされ 白村江の戦以後 唐や新羅の侵攻に備えたものとの説が有力です 

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一見 なんてことない遊歩道わきの土留め石のようですが 実は1500年近く前につくられたものです f:id:aranciarossa:20210401082518j:plain

列石は全長3kmほどに及んで 馬蹄形に山腹を取り囲んでいるそうです...

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 公園の坂をのぼると 古代のやぐらをイメージした展望台がありました

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 上にのぼると西に有明海を一望できます

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北を望めば筑後平野をはさんで 吉野ヶ里のある脊振の山々が見えます...

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南は有明海の向こうに雲仙の山々が浮かんでいます

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女山(ぞやま)の眼下に広がるみやま市はかつて山門(やまと)郡とよばれていました...

史書によれば この地は二度も 大和朝廷の征伐に遭っています

 

最初は景行天皇(12代)の九州巡幸のとき

南筑明覧という江戸時代の地誌に 「この地の女酋 葛築目(玖津女:くずちめ)が勅命に従わないため景行天皇に征せられた」 という古老の話が載っています

 

二度目は神功皇后(14代仲哀天皇妃)熊襲征伐のとき

 日本書紀に...

「山門郡(やまと:今のみやま市柳川市の土蜘蛛 田油津媛(たぶらつひめ)が仲哀9年3月に神功皇后によって誅せられた」

「田油津媛には夏羽という兄がいたが 夏羽率いる軍は妹の死を聞いて逃亡した」

という記載があります

 

どちらもこの地に女王の統べる国があったことを示唆しています

 

そして山門(やまと)という地名... 邪馬台(やまたい)に似ていますよね⁈

また 魏志倭人伝には邪馬台国の女王は夫を持たず 弟が政治を補佐したという記述がありますが 田油津媛と夏羽の兄妹の関係はこれを彷彿とさせます...

 

邪馬台国は九州にあったとする説のひとつ「筑紫国山門郡説」は 江戸時代に新井白石も主張していたそうです!

 

女山(ぞやま)という奇妙な読み方も 以前は「女王山」と言われていたものが訛ったとする話もあります

 

神籠石の築造は7世紀ということですが それに先立つ邪馬台国関連の城塞があったのかもしれません...

 

      (写真はWikipediaより 神埼駅前の卑弥呼像)

魏志倭人伝に登場する邪馬台国卑弥呼は 西暦200年前後から247年ごろまでを生きた人だと推定されていて 彼女の死後 台与(とよ)という13歳の少女が女王を継いだと記されています

 

景行天皇神功皇后の在位年については諸説ありますが もし葛築目や田油津媛の国が邪馬台国だとしたら 彼女たちは卑弥呼の数世代後の女王だったと思われます

 

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 女山(ぞやま)を下ってすぐ...
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菜の花満開の田んぼやビニールハウスの並ぶ農道の脇にぽつんと小さな丘があります

③権現塚

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 古老の話として この塚は葛築目(くずちめ)の墓と伝えられています

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「葛」や「国栖(くず)」という言葉は「土蜘蛛」と同様に大和朝廷に従わない者たちへの蔑称なのでしょう...

 

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 ④蜘蛛塚(くもづか)

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老松宮という小さな神社の脇に 蜘蛛塚という碑の立つ祠があります

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これが土蜘蛛の田油津媛の墓といわれています

かつては大塚とか女王塚とよばれ 前方後円墳だったようですが 時代とともに削られて今では見る影もありません...

祠の立つ場所が石室の中心部だったようです

また 大正2年 この古墳を崩して新道が建設されたのですが そのときに皇室に遠慮して女王塚から蜘蛛塚に改称されたようです

 

田油津(たぶらつ)も「たぶらかす」に類似した蔑称と思われますが 古代の戦争ではこうした呪詛的な悪口も重要だったのかもしれません...

 

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もし ここ みやま市(山門郡)が邪馬台国だとしたら 卑弥呼の墓はどこにあるのでしょうか...

 

卑弥呼は247年ごろに亡くなり 径百余歩の墓に葬られたと記されています...

このことから 卑弥呼の墓は3世紀半ばにできて 直径140mほどの円墳(あるいは方墳)であることが推定されています

残念ながら みやま市のこの付近には それに該当する古墳は現存しないようです

 

当時は北部九州一円に勢力を広げていたとみられる邪馬台国の女王ですから その墓はもう少し北のほうにつくられたのかもしれませんね(^_-)-☆

 

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⑤石人山古墳

 

筑紫を中心とした北部九州には 石人・石馬像や装飾古墳など 本州とは異なった独自の文化が繁栄していました✨

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石人山古墳は八女古墳群に属する全長120mの前方後円墳

5世紀前半から中頃のものとされています

 

石人山古墳の名前の由来となった武装石人が石室前の「石人社」におさめられています

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江戸時代から知られていて かつては目・鼻・口がしっかり彫られていたようです

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体の悪いところをさするとご利益があるということで多くの人に撫でられて 今では顔はつぶれてしまっています^^;

 

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後円部中央に横穴式石室があり 内部に家形石棺がおさめられています

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 遮光カーテンを開いて中を覗いて見学できます(^_-)-☆

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⑥岩戸山古墳

 

西暦528年の磐井の乱

継体天皇大和朝廷軍に対して 北部九州の勢力を糾合して反乱をおこした指導者が 筑紫君磐井(つくしのきみいわい)です

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6世紀以降 朝鮮半島では新羅が急速に勢力を拡大して各地を侵略しはじめます...

継体天皇任那百済におけるわが国の権益を守るために朝鮮半島へ軍を派遣しようとしました

朝鮮半島と交流のあった磐井が新羅に味方したのか 朝廷から新たな兵役を課されることに抵抗したのか 反乱の正確な理由は諸説あって不明ですが 筑紫君磐井はこの軍を阻んで交戦し 敗れました

 

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岩戸山古墳は八女古墳群のひとつで 九州北部では最大の古墳です

全長135mの前方後円墳で 北東隅に別区とよばれる43m四方の方形状区画をもつのが特徴的✨

6世紀前半の築造と推定され 筑紫君磐井の墓に比定されています

(先ほどの石人山古墳は磐井の祖父の墓といわれています

墳丘・周堤・別区からは「石人・石馬」など 量・種類ともに他の古墳を圧倒する遺物が出土しており 隣接する岩戸山歴史文化交流館 いわいの郷で見学できます !

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館内写真⤵

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無料なのにすごい展示物です✨

石製品は他の古墳における埴輪のように人物・動物・器財を実物大でかたどったものが多くあります

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交流館の裏側から 古墳に行くことができます

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後円部前方部を見上げたところ (※墳丘は二段になっています)

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北西部からみた岩戸山古墳の前方部... 迫力あります

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 ぐるりと一周すると神社があらわれました f:id:aranciarossa:20210401100435j:plain

墳丘が二段になっているのがよくわかります⤵

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前方部の頂上に祠が建てられています

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後円部にも祠があったようですが 今は碑があるだけです

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後円部に付属するように別区があります

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このような施設(別区)が残っているのは全国で岩戸山古墳だけのようです

 

現在の別区には石製品のレプリカが大きさを縮小して立てられています

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反乱の首謀者なのに本当にこんな大規模な古墳に埋葬されたのでしょうか...?

日本書紀によれば 磐井の息子 葛子は糟屋郡を朝廷に献上することで死罪を免れたそうです...

その後も筑紫君一族の名は史書に登場し その勢力は完全に滅ぼされたわけではなかったようです

 

葛築目や田油津媛の山門郡と筑紫君磐井の八女地方は 矢部川をはさんで目と鼻の先にあります

大和朝廷に何度もいためつけられながらも 邪馬台国の血統は消えてしまうことなく粘り強く生き続けたと考えるのは飛躍が大きすぎるでしょうか... 

      BY すまき

 

長い長い記事を最後まで読んで下さった皆さん

 ありがとうございました(*^^*)♡ 

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         完